＊

火葬も土葬もしたくないな、と伊作がいった。なんでもないような口調で、包帯をきつくきつく巻き上げながら。聞き返すには締め付けがきつくて、タイミングを逃す。伊作は巻き終えた包帯の上にそっと唇を落として、死んでも僕の留三郎でいてね、と言った。

＊

くやしいなあ、と伊作がいった。なにが？軽く聞き返す。ひどく不満そうに頬を膨らませた伊作が、だって一瞬だって留三郎のことを知らないなんて耐えられないのに、僕達は共有していない時間が多すぎる、なんていうからあきれたため息をついて、これからそれ以上の時間を共有するだろ、と言ってやった。

＊

いーさっくん！と騒がしい声とともにイヤホンを引き抜かれたからじろりと睨み付けた。そんなことを気にしない笑顔を見せた小平太はそんなに一生懸命なにを聞いてるんだ、というから留三郎の声、だから早く返してよ、ととらわれたままのイヤホンの返却を求めた。
ドン引きを表情にするとこんなのだろうといった顔をした小平太がさすがの私でもそれは気持ち悪いと思う、だなんて言うから、僕が気持ち悪いのは留三郎のせいだから仕方ないでしょ、と答えてあげた。

＊


濡れた濡れた、と障子をがらりと開ける音とともに聞こえた聞き知った声に振り返る。障子の向こうは白く霞む程の雨で、部屋に入る手前、少し濡れた縁側をさらに濡らすように、ばしばしと犬みたいに頭を振って水滴を飛ばす竹谷に眉をひそめた。

「はっちゃん、傘ささなかったの？」

ざあざあというひどい雨音が障子の向こうから、屋根の上から聞こえてくる。朝は小降りだったとはいえ降ってはいたから忘れたわけでもないと思うのだけれど。
竹谷は濡れた髪の間からこちらを見た。ぽつり、伝った滴が床をはねる。タカ丸さんがみたら怒るな、なんて見当違いのことを思ったのは、けして、けして見惚れてしまった自分をごまかすためなんかじゃないのだ。

＊


艶やかな黒髪がはらり、と文机の上に散って、絡まった指先はまるで血液が沸騰しているかのように熱い。そのままその、時に何を考えているのかわからない、長いまつげに縁取られた黒目がちの瞳を占拠する。吸い込まれそうだ、なんて言ったら笑われるんだろうか。

「はち」

不機嫌な声で名前を呼ばれたからなにをいわれるかと思えば背中痛い、と決して女のように柔らかいとは言えない唇から文句がこぼれ落ちた。確かに押し倒してしまった先は文机の上であり、きしり、と軋む音が響いた。

「たまにはこういうのもありだろ？」

わざと、そんなふうに笑ってみる。あからさまな拒否を表情に滲ませた兵助は、あるわけないだろ、と言った。