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夜の帳が降りてどのくらいの時がたったのだろう。ひそやかな兵助の息遣いは緩く緩く、こちらの心臓をくすぐっていた。こんなにも近くにいるのに触れることをためらう指先は緊張しているはずなのに、ひどく熱を持っていた。以前どこかで緊張すると手が冷えるというのを聞いた気がするけれど、気のせいだったのだろうか。

「はち」

くすくす笑う兵助がなかなか頬に触れないこちらの指先にそっと触れた。その指先も熱い。

「くちづけていいか」

なんとかそれだけ告げると、ぷっと吹き出した兵助はいちいち聞かないでよ、てれるでしょなんて本当に照れているのかわからない顔で言うのだ。


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たまにはやられ竹谷。

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この感情に情愛だなんて名前をつけるにはお互い聡すぎるのだと思う。
白い布団に黒い髪を散らす仙蔵の、色の白い頬に触れると拒否でもするかのようにぴくりとその頬が動いた。

「なんだ文次郎」

その声に含まれている悲しみには気がつかないふりをした。なんでもないというと安心したように、だけど少しだけさびしそうに「そうか」という仙蔵の身体をここでかき抱いてしまえたらどんなに楽だろうと思う。
それでもそうできないのは、うぶだからでもなんでもなく、怖いからだ。
仙蔵が拒まないこともわかっている、待っていることもしっている。そうしてそれと同じくらいそれを拒んでいることも。仙蔵も怖いのだ。なくしてしまうことをわかっている熱を胸に抱くことが。お互いを慈しみ合えるのはこの箱庭で生きている間だけなのだと気がつかないわけにはいかなかった。
この感情に情愛だなんて名前をつけるほど、愚かにはなれないのだ。

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見つめあえば世界は色を変えていく。

「ちょーじ！」

にっこりと笑って小平太がこちらの名を呼ぶ。その声が、その表情が、こちらを捉えて離さないことに小平太は気が付いているのだろうか。気が付いているのだったら、相当に意地悪だと思う。

「ん・・・」

うながされるままにその頬に緩やかに指を這わす。
小平太の頬は温かく、それから柔らかくてまるで子供のものだ。いつもは彼の心根を表わすかのように大きくよく動く目が、気持ちよさそうに細められた。躊躇う様子も見せずにこちらの頬にも手を伸ばす。傷をなぞるように動く指は、かさついていて熱をもっていた。

「好きだ」

満面の笑みでそういう小平太の心の内をはかりかねるけれど、ついつられるようにこぼれた笑みはもう隠しようがなかった。―この気持ちに情愛という名前をつけることに躊躇いなんてないけれども、それを口にするには、きっとまだ早すぎる。