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｢留三郎のばーか！｣
がらんとしたホームに声が響く。困ったようにこちらの口を塞いだ留三郎が｢不可抗力だろ｣なんていうから余計に頬を膨らませたくなるのだ。ことはとても些細で、電車の中で留三郎の隣に座っていた女の子が留三郎のことを枕にして寝ただけ、それだけだ。
｢あんなに鼻の下伸ばしてたくせに？｣
｢うがちすぎだろ？｣
最初こそ、勉強疲れかなぁなんて寛容な気持ちでいられたのに、それが3駅も続けばだんだんと留三郎の白いシャツにその子の黒髪が落ちるのが耐えきれなくなった。降りる予定の5つも前の駅で無理やり留三郎を引っ張って降りたのはつい数分前のことだ。
｢僕が寝てたらすぐに起こすくせにね、女の子になら肩を貸せるってことなんでしょ、留三郎ってほんとむっつり｣
そういって睨み付けると重苦しいため息をつかれて、それから仕方ないなあとでも言いたげな顔で笑われた。

｢ばあか、お前の寝顔はほかの奴に見られたくないだけだ｣

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隣の女から甘ったるい香りが漂ってきた。なにかの花の匂いに似ているけれど思い出せない、ただひたすらに胸焼けを起こしそうな甘い甘い匂い。別段詳しいわけではないから、それが彼女がわざと漂わせているのか、なにかしらの無意識なのかはわからないけれど、重苦しく吐き出されたため息は取り消せない。
留三郎の吸っている煙草の匂いならすぐにわかるのだけれど。
ふと、煙草を灰皿に押し付けるときの留三郎の横顔（そのときの、下向きの視線がなによりも彼がかっこいい瞬間だと思う）を思い出しながらそんなことを思う。どんなにむせたって留三郎の煙草の匂いなら許せるなんてたぶん手遅れなんだろう。

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暑いのならその身体から離れればいいのにどうしてかそれをしようとは思わなかった。動くのは億劫だったし、なによりも繋がった左手と右手をバラバラにしてしまうのはとてももったいないことだと思えたから。伊作の結いあげた髪の毛が畳にすれてばさばさと音を立ててくずれていく。結び直さなきゃ、という伊作の視線が意味ありげにこちらを見たから笑ってしまった。
「いいだろ、もう、寝転がってるだけなんだから」
そういって繋がっていない手を伸ばして伊作の髪ひもを奪った。ぱさりと散った髪の毛に緩やかに口づける。部屋にこもった熱気が、種類を変えたことにお互い気がつかないわけなかった。