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紫に染まった指先はもらいもののブドウを食べているからだ。爪の中までじわりと侵食するその色を眺めていたら留三郎がにやりと笑って手を差し出すよう促してくる。おとなしくそれに従うと指先をぺろりと舐められた。｢おいしい｣なんて、一体何に対して言ってるのだろう。

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緩やかに後ろから抱き締められて首筋の匂いを嗅がれる。伸びたTシャツの襟から覗く背中にさわさわと留三郎の前髪が当たってくすぐったい。｢なにさ留三郎｣笑いながらそう呼び掛ける。すんと一度大きくこちらの匂いを嗅いだ留三郎は｢甘えたくなった｣だなんてかわいいことをいうのだ。

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ぱちりぱちりと伊作の爪が景気よく短くなっていく。テレビをにぎわせるバラエティ番組なんかよりもそれを見ていた方がよっぽどましな気がして、じっと伊作の手元を見つめると、こちらの視線に気がついた伊作が手を止める。

「なに、留三郎」

困ったように、どこか不機嫌そうな表情で短く切りそろえられた爪から顔を上げた伊作に「夜中に爪切るのってよくないんじゃねぇの」と言ってやる。別にそんなことを思ってみていたわけではないのだけれど、伊作が爪切るの見てるのが好きだなんて言ったらどんな反応をされたものかわかったもんではない。伊作はそういう迷信じみたことをわりと信じるタイプだったように思うからあながちおかしな言いぶんではないだろう。夜中に口笛なんか吹こうものならすごい目で睨まれるし。

「お風呂で手からの方が切りやすいじゃん」

なんだそんなこと、とでも言いたげに視線を爪先に戻した伊作はまたぱちりと威勢の良い音を立てながらそんなことを言う。―伊作はほんわかとしてて夢見がちだと思われることが多いらしいのだけれど、どちらかと言えばとてつもなくリアリストだ。そんなところがたまらなく愛おしいと思ってそのつむじにキスをしてやりたくなったけれど、爪を切っている間にそんなことをしたら怒られることは目に見えているので結局大人しく待つことにした。

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あつくてたまらない。申し訳程度に空気を揺らす風も湿気と熱を孕んでいて汗を冷やすことはない。そしてなによりも、留三郎の指が触れた場所から生まれる熱が痛いくらいだった。｢留三郎、あつい｣そう訴えても留三郎はにやりと笑うだけで、熱を生み出す指先を離すことはしてくれないのだ。

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夢うつつの世界に留三郎が装束を身につけている微かな音が聞こえる。早朝から任務だといった留三郎はもうでかけるらしい。せめていってらっしゃいが言いたくて、その顔を見ておきたくて、頑張って目を開けようとするのにうまくいかない。行ってくると囁いた留三郎がそっと触れた頬だけが熱い。