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濡れた濡れた、と障子をがらりと開ける音とともに聞こえた聞き知った声に振り返る。障子の向こうは白く霞む程の雨で、部屋に入る手前、少し濡れた縁側をさらに濡らすように、ばしばしと犬みたいに頭を振って水滴を飛ばす竹谷に眉をひそめた。

「はっちゃん、傘ささなかったの？」

ざあざあというひどい雨音が障子の向こうから、屋根の上から聞こえてくる。朝は小降りだったとはいえ降ってはいたから忘れたわけでもないと思うのだけれど。
竹谷は濡れた髪の間からこちらを見た。ぽつり、伝った滴が床をはねる。タカ丸さんがみたら怒るな、なんて見当違いのことを思ったのは、けして、けして見惚れてしまった自分をごまかすためなんかじゃないのだ。

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艶やかな黒髪がはらり、と文机の上に散って、絡まった指先はまるで血液が沸騰しているかのように熱い。そのままその、時に何を考えているのかわからない、長いまつげに縁取られた黒目がちの瞳を占拠する。吸い込まれそうだ、なんて言ったら笑われるんだろうか。

「はち」

不機嫌な声で名前を呼ばれたからなにをいわれるかと思えば背中痛い、と決して女のように柔らかいとは言えない唇から文句がこぼれ落ちた。確かに押し倒してしまった先は文机の上であり、きしり、と軋む音が響いた。

「たまにはこういうのもありだろ？」

わざと、そんなふうに笑ってみる。あからさまな拒否を表情に滲ませた兵助は、あるわけないだろ、と言った。

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開け放した窓から生ぬるい風が入ってきて、クーラーの効きすぎた部屋の空気をしけらせた。冷え切った肌に生ぬるさは妙に心地よくて、ため息を一つつく。冬の間竹谷を待つために見上げていた空は、だいぶ様変わりしていて、星座の名前もわからない。―どちらにしても梅雨という季節ではほとんどの日が曇りで、星なんて数えるほども見えないのだけれど。
七夕のために飾られた商店街をあざ笑うかのように、空には街灯や街の明かりで白い雲が薄ぼんやりと照らされていた。

「へーすけ？」

クーラー効かせてんのに窓開けるのか？といつの間にか風呂からあがってきたらしい竹谷がひょい、とこちらの背中の上から窓の外へと顔を突き出す。おぉ、くもってんなぁ、七夕なのに。といった竹谷は、こちらのおでこを指でちょん、とつつくとほら窓しめんぞーと言って思い切りよく外気を遮断した。

「兵助はなんかお願い事書いたのか？」

かぎまで閉めて振り返った竹谷の問いにふるふると首を横に振る。とすん、とこちらの横に腰掛けた竹谷の風呂上りの熱さに少しだけ離れて、それから一言だけ「だって星に叶えてもらうようなことないし」と言った。

「じゃあ誰に叶えてもらうんだよ」
「―はち」

間髪いれずに答えると一瞬驚いた顔をした竹谷は、すぐに苦笑を洩らした。俺、スーパーマンじゃねぇぞというからしってる、と答えた。

「望みはなんだよ」

呆れたように言う、だけどいやそうじゃない竹谷の声音に夏の星座を教えて、という。え、なんで？という問いには答えないでだめ？と聞くと、それくらいならべつにいいけど、と言われたからなぜだかとてもうれしくなって竹谷の風呂上りの体温にそっと身を寄せた。


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文章にあげてる「星をなぞる指先」が冬の星座の話だったので兵助君には夏の星座も知ってもらおうと思いました、まる