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好きなところをあげろといわれたらたぶん、一日が終わっても語りつくせないだろうと思う反面たった一言ですんでしまうような気もした。こちらの背中を背もたれにしてふんふんと楽しそうに鼻歌を奏でる雷蔵は、その柔らかな髪の毛をこちらの、それを模した髪と交りあわせながらリズムをとるように揺れる。ほんわりと背中じゅうの皮膚から浸透してくる温度が指先、足先まで伝わって、だからきっといまいつもよりも体温は高いと思う。

「雷蔵」

恋は病のようだと、友人の恋話を聞きながら笑っていた自分を真剣に悔いる日がこようとは思わなかった。緩やかに上昇しかしない体温も、ぼぉっとなにも考えられなくなる頭もまるで風邪をひいたみたいだ。その熱にうながされるままにその名前を呼ぶ。鼻歌を止めて花みたいな笑い声を落として「なに、三郎」と雷蔵の声。柔らかな音は鼓膜を震わして、身体のうちからも雷蔵の温度に染められていく。

「好き」

ぼそりと呟くとやっぱり笑われた。その笑い声を聞いているとどうしようもなく幸せな気持ちになった。

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女の子はすごいと思う。自分も生物学上女なのだけれど、とにかくあれは生きる世界が違う。男勝りだとかもっと女の子らしくしなさいだとか、友人にはよく怒られるけどこんなに面倒くさいのならば男勝りで女の子らしくないままでいいと思う。強いシンナーの臭いと、べったりと重い爪。いつもとは違う黄色とピンクに彩られたそれになんとなく落ち着かない気分で何度か指を動かす。いつの間にかはがれている爪先にため息を一つ。だから苦手なのだ、マニキュアという奴は。塗って乾くまでの間がよくわからないからこうしてすぐはげてしまうし、それになにより女の子みたいにきれいに伸ばしたわけではない自分の爪にはマニキュアは似合わない。

「あー、もう、やめやめ！」

除光液を探すためにバタンと寝転がって棚に手を伸ばすとその前にいつの間にか後ろにいた長次にぶつかった。のそりとこちらをみた長次は呆れたようにため息をつく。強面の顔に浮かんだ呆れた表情にむっとした顔をして見せる。

「なんだよ、女らしくないって？」

別に女だから私が好きなわけじゃないんだろう。
そういってみせるとさらに眉間のしわを深くした長次がさらにさらに重苦しくため息をつく。なおも不満げに長次のことを見つめていると仕方ないなぁとでも言うように笑われてちゅっと額にキスを落とされた。


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終着点を見失った。
つまりマニキュアぬるのが苦手なんです（私が

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がしゃんと壁に投げつければ騒々しい音をたていとも簡単に時計は壊れた。時計はすべてなくなった。そうしておけば留三郎を少しでも長く、自分の傍にとどめておける気がして、気がついたときには破片が散らばっていた。慌てたように風呂から出てきた留三郎の眉間が歪むまで、あと少し。

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たらんたらんと傘の上で踊る雨音に、跳ねるようにスキップ、たんたんたたん。雨の日は嫌いじゃなかった。いつもより髪がまとまりづらくて、勢いよくカーブを曲がった車に水をかけられても。｢こけるぞ？｣呆れたように笑う留三郎の声が水滴に乱反射して、余計にスキップしたくなった。

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ひんやりとした風が髪を揺らす。結うときにはみ出した横髪が顔にかかって邪魔だった。頬を撫でた風の冷たさにぶるりと身震いをひとつして、留三郎の腕に飛び付いた。ほんのりあたたかな確かな体温に今度はほっとため息。二人で過ごすには今日くらいの温度がちょうどよいのかもしれなかった。