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坂を駆け下りる自転車の車輪がしゃあしゃあとせわしなく音を立てている。それよりも耳や頬を直接攻撃してくる風の方がよっぽど音が大きかったけれど。高校前にある鍛錬でもさせる気なのかと思うような長い坂は行きの上りは歩きにも自転車にも苦行でしかないけれど、帰りのくだりは特に自転車通学者にとっては爽快なものである。
まぁ、留三郎の後ろに乗っている僕にとってはさらに快適なのだけれど。
ぺたりとくっついた留三郎の背中の体温と、頬に感じる風の冷たさのギャップにさらに留三郎にギュッと抱きついた。その瞬間バランスを崩してふらりとよろめくだなんてよくあることすぎてわざわざ言うのもめんどくさいくらいだ。

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「三郎」

緩やかに雷蔵の指先がこちらの頬をなぞるから気持ちよさに目を細める。埃っぽい図書室に混じる湿気は先ほど落とした涙のせいだろう。すでに乾ききったそれをまだ気にするかのように雷蔵の指先はこちらの頬を行き来している。

「三郎はイザナミっていうよりイザナキだと思うけどなぁ」

待ちきれなくてつい覗いちゃうところとかね。
そう雷蔵が笑う。確かにそうかもしれないと思う。いつだってこんなにも求めてやまないのは自分の方で、雷蔵はそれをにっこりと笑って受け止めてくれることが多かった。
雷蔵の指先は相変わらず心地よい。僕は君の言うことならなんだって聞いちゃうんだけどなぁ、と落とされた呟きが心臓を震わせた。

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いつか消えてしまうんじゃないか、と思う時すらある。
たとえば水面に浮かぶ泡みたいに、こっそりと音も立てずに知らないうちに。だからこそその指先に自分のそれをそっとからませて存在を確かめたくなる。そのたびに三郎は少し不思議そうに首をかしげて「雷蔵からこっちにくるなんて珍しいね」という。珍しいわけではないのだ、別に三郎に触れることを厭ったことはないし、できれば触れたいと思うのは三郎だけではない。ただ三郎からの接触が異様に多いということくらいで。
それでもそういうときに三郎がふっと笑うのが好きだから、こくりと頷くだけ。そのまま隣に座って、とんとその肩に頭を乗せると今度こそ驚いてびくりと肩を震わせた三郎が「雷蔵？」と焦った声を出した。
「大きな声出さなくても聞こえてるよ」
柔らかな笑い声と一緒にそうやって三郎に言うと、むぅと困ったような顔をした三郎はいやけど君ね、なんて心底困ったように言う。例えばここで消えないでくれと言ったらもっと三郎を困らせる事が出来るのだろう。けどそんなことは冗談でも言えない。言ってしまったら本当になる気がしたからだ。
くいっと指を絡ませて、かわりに「好きだよ」と呟いた。


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消えるのならいっそ、一緒に連れて行ってほしい